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神戸地方裁判所 昭和53年(行ウ)31号 判決 1981年2月27日

原告 下川トリ子

被告 神戸西労働基準監督署長

訴訟代理人 梶原周逸 野口成一 外一名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和五一年三月二六日付でなした労働者災害補償保険法に基く遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の夫亡下川正昌(以下「正昌」という。)は井上斫業有限会社(以下「井上斫業」という。)に雇傭されていたところ、昭和五一年一月二〇日午後一時二〇分ころ、株式会社熊谷組大阪支店施行の神戸市垂水区押部谷町栄三二八西神戸ニユータウン造成工事現場(以下「本件工事現場」という。)において、宅地玄関口石積みの斫り作業に従事中、突然倒れ、同日午後二時三五分ころ、同町西盛五五六番地六四所在の広野高原病院に運ばれて治療を受けたが、同日午後一〇時三五分、くも膜下出血により死亡した。

2  原告は、正昌の死亡当時その収入により生計を維持していたものであり、正昌の葬祭を行う者として、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料(以下「本件給付」という。)の受給権者であるが、昭和五一年一月二八日、被告に対し右給付の申請をしたところ、被告は正昌の死亡が業務上の疾病によるものとは認められないとして、同年三月二六日、原告に対し本件給付をしない旨の処分(以下「本以処分」という。)をした。

そこで原告は、右処分につき同年五月二一日兵庫労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をしたが、同審査官は昭和五二年三月一六日右審査請求を棄却する旨の決定をなしたので、原告は同年五月二六日労働保険審査会に対して再審査請求をしたが、同審査会は右再審査請求を棄却する旨の裁決をなし、右裁決書謄本は昭和五三年七月二四日原告に送達された。

3  しかし、正昌のくも膜下出血による死亡は次のとおり、業務上の事由によるものである。

(一) 正昌は長年コンプレツサーによる削岩機を使用して斫り作業に従事してきたものであるが、死亡当日の午前中も本件工事現場において、右削岩機を使用して宅地玄関口石積みの斫り作業に従事していた。当日は外気温二ないし三度という極寒で、午前一一時五〇分ころ、一たん作業を中止し、午後一時ころまで、トラツクの運転席でヒーターをつけて休憩して昼食をとり、午後一時すぎからコンプレツサーのスイツチを入れ、削岩機を使用して右作業を再開したところ、午後一時二〇分ころ突然倒れた。

削岩機を使用した斫り作業は、本来的に重労働であり、特に正昌は精魂こめて仕事にうちこむ性格から、その肉体的、精神的負担はかなりの程度に達していたものであるところ、当日の寒さにより血管収縮をきたし、かつ削岩機の強烈な振動により、くも膜血管が破裂し、くも膜下出血により死亡するに至つたのである。

したがつて、正昌のくも膜下出血による死亡は、業務遂行中に発生したものであることが明らかであるのみならず、業務に起因して発生したものというべきである。

(二) 被告は、くも膜下出血による死亡に業務起因性を認め得るためには、当該労働者が発病の直前において従来の業務内容に比し、質的量的に著しく過激な業務に従事し、そのため強度の身体的努力もしくは過度の精神的緊張があつたものと認められるのでなければならないと主張するが、かかる被告の主張は、本件のように、正昌の従来の業務自体が重労働で身体に過度の負担を伴うものである場合には妥当しないというべきである。そして、正昌の基礎疾病がくも膜下出血による死亡に何らかの関与をしたものであるとしても、業務上の要因がこれに影響し、これらが共働原因となつて、くも膜下出血に至らしめたと推定されるかぎり、正昌の死亡は業務に起因するものと判断されるべきである。

(三) また、発病後、正昌はトラツクの助手席に寝かされて同人の息子下川正博(以下「正博」という。)の運転で前記広野高原病院に運ばれたが、右トラツクはコンプレツサーを積んでいたため、高速走行すれば振動が激しく、時速一〇ないし二〇キロメートル程度でしか走れず、しかも正博は工事現場事務所主任から右病院の所在すら教えられておらず、これを探し回らねばならなかつたため、右病院に到着するまで発病後一時間以上も費した。

発病後直ちに救急車を手配する等適切な措置をとれば正昌の死亡は回避しえたのに、工事現場事務所の安全管理が杜撰であつたことから、正昌は死亡するに至つたものである。

以上のとおり、正昌のくも膜下出血による死亡は業務遂行中に、かつ、業務に起因して発生したものであるから、業務上の事由によるものと判断されるべきである。

4  よつて、正昌の死亡が業務上の事由によるものでないとしてなした被告の本件処分は違法であるから、これが取り消しを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実中、正昌が倒れた時刻は否認し、同人が病院に運ばれた時刻は不知。その余の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3(一)  同3(一)の事実中、正昌が長年コンプレツサーによる削岩機を使用して斫り作業をしてきたものであること、死亡当日午前中も本件工事現場において右削岩機を使用して宅地玄関口石積みの斫り作業に従事していたこと、右当日午前一一時五〇分ころから午後一時ころまで、トラツク内で休憩して昼食をとり、その後作業にかかるためコンプレツサーのスイツチを入れたこと、くも膜血管破裂によるくも膜下出血で死亡したことは認めるが、その余は否認する。

(二)  同3(三)の事実中、正昌が正博運転のトラツク助手席に寝かされて原告主張の病院に運ばれたこと、発病後受診まで相当な時間が経過したことは認めるが、工事現場事務所の安全管理が杜撰であり、正昌の死亡が発病後の適切な措置を欠いたことによる旨の主張は争う。

4  以下に述べるとおり、正昌のくも膜下出血による死亡は、業務遂行中に発生したものであつても、業務に起因して発生したものとは認められないから、業務上の事由によるものとはいえず、したがつて、本件処分は適法である。

(一) くも膜下出血は、一般的に基礎疾病その他の体質的素因に起因するもので、体質的素因に起因することが明らかな場合は業務起因性を欠くし、体質的素因によるものか否か明らかでないときは、発病の直前において、従来の業務内容に比し、質的量的に著しく過激な業務に従事し、そのため強度の身体的努力若しくは過度の精神的緊張があつたと認められるときにはじめて業務起因性を肯定できる。

正昌は長年コンプレツサーによる削岩機を使用して斫り作業に従事していたが、死亡当日の斫り作業も右削岩機を使用して本件工事現場において宅地玄関口石積みを斫るという通常、慣行の作業であつたし、特に仕事を急ぐべき事情もなく、作業時間も午前八時半ころに右作業を始め、三〇分程度の休憩をはさんで午前一一時五〇分ころに午前中の作業を終了するという、通常と比較して何ら過重なものではなかつた。正昌のくも膜下出血という疾病の発生は、正昌が昼休みをとつた後、午後一時一〇分ころ、前記斫り作業にかかるためコンプレツサーのスイツチを入れたときに起きたものと推測されるが、コンプレツサーのスイツチを入れること自体には何ら労力を要しないし、仮に削岩機を使用して斫り作業に従事している際に右疾病が発生したものであるとしても、同作業は正昌が長年従事してきたものであるから、正昌の肉体もそれに対応しうる状態にあつたものと推測され、くも膜下出血を発症させるほどの肉体的負担あるいは精神的緊張を生じさせるものではなかつた。

また、正昌は、昭和五〇年一二月二八日から昭和五一年一月七日まで年末年始の休みをとり、発病の前々日である同年一月一八日も仕事を休んで休養し、発病直前も昼休みをしていたのであるから、疲労が蓄積していたともいえない。

原告は、当時の外気温が二ないし三度の極寒であつたことも一因となつて、正昌のくも膜下出血が発症したと主張するが、当日の外気温は普通であつて、とりわけ寒いわけではなく、午後一時ころには四・八度近くはあつたものと推測されるし、より温度の低い朝の始業時に発病していないことからみても、外気温が発病の誘因となつたとは考えられない。

くも膜下出血は、頭蓋内動脈瘤の破裂によるものが非常に多いとされ、この動脈瘤は先天性異常であるといわれ、はつきりとした誘因もなく破裂して、くも膜下出血を来すものとされているのであるが、正昌の場合も、基礎疾病が相当程度に進行していたところ、自然的経過によつて発症したものというべきもので、それが、たまたま、作業中に起つたものにすぎない。

(二) 正昌は発病後直ちに正博の運転するトラツクで広野高原病院に運ばれたが、同病院に到着するまでに時間を要したのは、途中、正博が工事現場事務所において右病院の位置を教えられたにもかかわらず、正博の判断で、別の病院を捜したが、一軒は休診、一軒は医師不在であつたためであつて、正昌が発症後適切な処置が受けられないような状態で作業に従事していたためではない。工事現場事務所において、同事務所主任は、正博から正昌の容態の具体的説明や救急車の手配の要請等はなく、ただ「相棒の具合が悪い」ということであつたので、広野高原病院の位置を教えたが、同事務所として、正昌の発症後の適切な処置を怠つたわけではなかつた。

以上のとおり、正昌のくも膜下出血による死亡は、業務遂行中に発生したものであつても、業務に起因して発生したものとは認められないから、業務上の事由によるものではないとしてなした本件処分は適法である。

第三証拠<省略>

理由

一  原告の夫正昌が井上斫業に雇傭され、昭和五一年一月二〇日午後、本件工事現場において宅地玄関口石積みの斫り作業に従事中、突然倒れ、広野高原病院に運ばれ、同病院において、くも膜下血管破裂によるくも膜下出血により、同日午後一〇時三五分死亡したこと及び請求原因2の事実は当事者間に争いがない。以下、正昌のくも膜下出血による死亡を業務外と判定してなした本件処分の適否について検討する。

二  各成立に争いのない甲第一、第二号証、乙第一、第二号証、第一六号証、下川正博作成部分については成立に争いがなく、いずれも文書の方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第五、第九号証、山本清徳作成部分は弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められ、前同様真正な公文書と推定すべき乙第六号証、井上健児作成部分は、いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められ、前同様真正な公文書と推定すべき乙第七、第八号証、藤村光治作成部分については証人藤村光治の証言により真正に成立したものと認められ、前同様真正な公文書と推定すべき乙第一〇号証、松沢一人作成部分については証人松沢一人の証言により真正に成立したものと認められ、前同様真正な公文書と推定すべき乙第一一号証、被告主張の撮影者がその主張の撮影日時に主張の撮影対象を撮影した写真であることについて、いずれも当事者間に争いのない検乙第一ないし第四号証、証人下川正博、同松沢一人、同藤村光治の各証言を総合すると次の事実が認められる。

1  正昌は昭和二五年ころから井上斫業の専属として斫り業に従事するようになり、昭和四五年ころからは、コンプレツサー使用の削岩機とブレーカーを購入し、これを使用して息子の正博とともに井上斫業以外にも個人であるいは他の事業主に雇傭されるなどして岩石やコンクリート等を破砕する斫り作業をしてきた。そして、昭和五〇年八月から被災当時までの稼働日数は、多い月で二〇日前後、少い月で一〇日前後であり、昭和五〇年一二月一日から同月三一日までの稼働日数は二二日であるが、同月五日から同月八日までと同月二八日から同月三一日までの八日間休みをとつており、また、昭和五一年一月一日から被災日までの稼働日数は一二日であるが、同月一日から同月七日までの七日間年始休みをとつており、被災日の前々日の同月一八日にも休業している。被災当時の勤務時間は通常午前八時ころから午後四時半ころまでで、その間午前一〇時と午後三時に各三〇分、正午から一時間の休憩時間がとられていた。正昌と息子の正博は、昭和五〇年一二月二八日から同五一年一月七日まで年末年始の休業をした後、同月一五日から被災日である同月二〇日まで井上斫業が株式会社熊谷組大阪支店から請負つた本件工事現場での宅地玄関口石積みの斫り作業に従事したが、その間、同月一八日は休業し、同月一九日は他の作業現場でコンクリート床板の斫り作業に従事した。本件工事現場の右斫り作業は、とくに急を要するものではなく、その作業内容も従来どおりであつて、特に過重のものでなく、報酬は日給によるものであつた。

2  本件工事現場における斫り作業は、造成宅地一一か所の玄関口を約一メートル拡幅するため、歩道に沿つて並べ組まれた高さ約六〇センチメートル、幅(奥行)約一メートルの石積を、長さ一メートルにわたつて破砕して除去するというものであつた。右斫り作業の手順は、まず正昌がコンプレツサーによる削岩機を使用して石に穴をあけ、その穴に矢(鉄製のクサビ状のもの)をハンマーで打ち込んで割り、正博はコンプレツサーによるブレーカーを使用して石の裏側につめられたコンクリートを破砕して除去するというものであつて、これらの石屑、コンクリート屑を他の下請業者の重機運転手である山本清徳がシヨベルカーで運搬、廃棄するというものであつたが、右シヨベルカーに石屑等を積むにあたつては、正昌、正博も手伝うことがあつた。そして、コンプレツサーによる削岩機やブレーカーを使用する際には、かなりの振動を伴うものであるが、作業時間中、間断なく使用するものではない。

3  被災当日(昭和五一年一月二〇日)は、平常どおり、正昌がトラツクにコンプレツサー、削岩機、ブレーカーなどの作業用具を積載し、正博を同乗させて、これを運転して午前七時三〇分ころ自宅を出発し、午前八時二〇分本件工事現場に到着し、午前八時半ころから、同月一五日から同月一七日までの三日間のうち同月一六日、一七日の二日間行つた本件工事現場のI工区宅地玄関口石積みの斫り作業を引続いて開始した。作業は正昌が削岩機を使用し、右石積み北側の下部に穴を掘り、正博がブレーカーで右石積み南側のコンクリート部分を破砕するものであつた。途中三〇分の休憩をはさんで午前一一時五〇分ころまで右作業をし、トラツク運転席で正昌と正博とは山本清徳とともにヒーターで暖をとりながら、昼食、休憩をとつた。正昌と正博とは山本清徳につづいて運転席から出て、午後一時五分ころから、午後の作業を始めるべく正昌はコンプレツサーを始動させ、正博とともに午前中と同様の作業についたところ、午後一時二〇分ころ、正博は、シヨベルカーの運転手山本清徳の急報により、正昌が歩道に倒れているのを発見した。正昌は下肢の激痛と脱力をきたし、激しい頭痛を訴え、気力を失う状態であつた。

4  正博は、正昌の状態を見て、同人を直ちに病院に連れていく必要があると考え、山本清徳の手をかりて正昌を駐車中の前記トラツクの助手席に寝かせ、トラツクを運転して約一・三キロメートルの距離にある工事現場事務所に赴いた。正博は午後一時半ころ右事務所に到着し、付近の病院の所在を尋ねたところ、同所より最短約四キロメートルの距離にある広野高原病院の位置を教えられ、再びトラツクで同病院に向かつたが、付近の地理に疎いこともあつて、同病院の正確な位置がわからず、神戸電鉄緑が丘駅(工事現場事務所から約三・二キロメートル、広野高原病院まで約一キロメートルの位置にある。)付近で村田医院をさがしあてたが、同医院は休診であり、さらに付近の煙草屋で片山医院を教えられ、赴いたものの医師が不在であり、再び右煙草屋で広野高原病院を教えられてようやく、午後二時三五分ころ、同病院に到着した。本件工事現場からこの間の道路は舗装されていたが、正博はトラツクが振動しないよう時速約二〇キロメートルで走行した。正昌は工事現場事務所を出発後しばらくして一度嘔吐し、その後意識を失つたままであつた。

5  正昌は、広野高原病院で、ただちに、同病院の医師白坂明行の診察を受けたのであるが、意識を全く消失し、呼べども応答なく、顔面は表情を欠き、やや紅潮し、脈拍は比較的充実して整なるも遅脈にて脳圧亢進を提示する状態であつた。また、両眼はともに極度の縮瞳を認め、その後約三〇分にして左眼散瞳し、さらに三〇分後には右眼も散瞳し、両眼に接触するも防護反応を欠除するに至り、意識回復の希望を失つた。心電図により、遅脈、心筋障害、心室性期外収縮を認め、腰椎穿刺により純血性の髄液を採取しくも膜下出血と診定した。しかし、生命保持のため同医師の最大の努力を受けたが、同日午後一〇時三五分死亡した。同医師は、正昌のくも膜下出血の原因を「作業現場は露天にて、当日の外気温二度ないし三度の寒風中の作業は極度の血管収縮を来たし、その上、削岩機使用は強烈な振動を局所に伝え、くも膜血管の破裂を来たしたもの」と認め、くも膜血管の硬化は否定できないが、その他の病的変化の存否は確定できないとしている。

6  正昌の被災当日の本件工事現場と同一区内にある兵庫県農業総合センター経営実験場の気象観測値によると、当日の最高気温は四・八度、最低気温はマイナス三・五度であつたから、本件工事現場付近の一月の気候としては普通であり、また、被災当日までの間の気候に甚しい変り方はなく、被災当日は晴天であつた。

7  正昌は被災当時満五〇歳で、その被災当日までの健康状態については、同人が健康診断を受けていないので、明らかでないが、身長一七〇センチメートル、体重約六四キログラムの体格で、酒、煙草を愛飲し、とくに酒は二合ぐらい愛飲し、病的症状を訴えることなく、外見上は健康であつた。

以上のとおり認めることができる。前掲各証拠中、右認定に抵触する部分は、いずれも採用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

三  一般に、くも膜下出血は、各成立に争いのない乙第三、第四号証、第一五号証によれば、くも膜下腔への出血であつて、くも膜下腔の血管の破綻による原発性が多く、その原因疾患は頭部外傷、脳血管性障害、腫瘍、炎症など多彩であり、そのうち非外傷性のものとしては、原因不明のものもあるけれども、脳動脈瘤が大部分を占め、次いで高血圧性・動脈硬化性疾患、脳動静脈奇形などが考えられ、くも膜下出血の誘発原因として、強度の精神的肉体的負担(精神的緊張、身体的努力)、日光直射その他があるとされているところ、前記認定の正昌の年齢、被災前の健康状態、嗜好(飲酒、喫煙)、業務の種類、内容、作業環境、被災当日の状況、医師白坂明行の初診時の症状、所見及び検査の結果などに照らせば、正昌のくも膜下出血は、その被災前において、その作業中転倒、打撲などの外傷を受けたという事実を認めることができないから、先天性あるいは動脈硬化性による脳動脈瘤の破裂という、くも膜下腔の血管の破綻によつて惹起した可能性が大であるということができる。ところで正昌のくも膜下出血は、その業務遂行中に発生したものであるが、これを業務上と判定するためには、その業務起因性、すなわち、業務と疾病(死亡)との間に相当因果関係がなければならない。そして、相当因果関係があるといい得るためには、業務が疾病(死亡)の条件となつただけでは足りないけれども、最も有力な原因である必要はなく、相対的に有力な原因であれば足りるというべきところ、原告は、被災当日の気温は低く、そのため血管の収縮をきたし、かつ、削岩機使用は強烈な振動を局所に伝え、くも膜血管が破裂して、くも膜下出血により死亡したものであると主張し、前記認定事実によれば、広野高原病院の医師白坂明行も同一所見を示しているのである。しかし、前記認定事実によれば、正昌の従事していた斫り作業は露天における作業であり、被災当日の外気温は最高四・八度、最低マイナス三・五度であるけれども、一月の気温としては普通であつて、被災当日までの間に甚しい変化はなかつたのであり、また、正昌が従事していた斫り作業はコンプレツサーによる削岩機を使用しての作業であるから、強烈な振動を伴うもので、一般労働に比較すれば相当重労働であつたといいうるけれども、削岩機も作業時間中間断なく使用するものでなく、被災当日の作業内容も、正昌が多年にわたつて従事してきた作業と異る作業でなく、また急いで作業をしなければならなかつた状況にあつたものでもなかつたのである。したがつて、正昌が被災当日の斫り作業の業務を遂行中には、正昌の、くも膜下出血を原因とするに足りる業務に関連する突発的な、または異常な事態はなかつたわけであるから、正昌の、くも膜下出血による死亡が前記認定のような業務の遂行を有力な原因ないし誘因として発生したものということはできないし、また、正昌の先天性あるいは動脈硬化症による既存の疾病が、その業務の遂行と共同原因となつて、くも膜下出血を惹起せしめたものとすることもできないというべきである。また、原告は、正昌の従来の業務自体が重労働で身体に過度の負担をともなうものであるとして、疲労の蓄積が、くも膜下出血の原因ないし誘因となつたと主張するところがあるが、前記認定の被災当日までの稼働状況に照らせば、正昌のコンプレツサーによる削岩機を使用しての斫り作業が一般労働に比して、かなりの重労働であるといいうるけれども、過度の長時間労働や激しい労働が常態化しているとはいえず、くも膜下出血の原因ないし誘因となるような疲労の蓄積があつたと認めることもできない。

四  そうすると、正昌の、くも膜下出血は、その業務遂行中に発生したものではあるけれども、その業務自体との間には、業務起因性、すなわち、相当因果関係を肯定することはできないというべきであるが、労務管理上の欠陥により、あるいは、発症後適切な処置が受けられないような状況で業務を遂行したために、疾病を増悪するなど、業務に内在する事由によつて疾病が増悪したような場合にも、その業務起因性を肯定し得るものというべきところ、原告は、正昌の発病後の措置が不適切であつたことにより疾病が増悪して死亡するに至つたと主張する。しかし、前記認定の事実によれば、正昌の、くも膜下出血が発症したと推定される午後一時五分ないし一時二〇分までの間から広野高原病院の医師白坂明行の診察を受けた午後二時三五分ころまで、およそ一時間を超える時間を要したが、それは正博が赴いた村田医院及び片山医院が休診あるいは医師不在で受診できなかつたためであつて、正昌が作業に従事していた本件工事現場が医療機関の診察を受けるに困難な条件のもとにあつたとか、工事現場事務所の職員の指示が適切を欠いたため、直ちに広野高原病院に運ぶことができなかつたというのでもないのである。もつとも、くも膜下出血が発症した場合、直ちに医師あるいは救急車を呼んで病人を安静にしておく措置が医学上は最良であるといい得るとしても、工事現場事務所の職員や正博のとつた措置に適切を欠くものがあつたとは、にわかに断定することはできないし、正昌の発病は極めて急激に生じ、しかも、その直後気力を失う状態となり、間もなく嘔吐して意識を全く消失し、受診後約三〇分で左眼散瞳し、その三〇分後には右眼も散瞳し、両眼に接触するも防護反応を欠くに至り、意識回復の希望を失つたものであつて、正昌の症状は当初から極めて重篤な状態にあつたというべきであるから、正昌の発症後の処置と症状の増悪との間に相当因果関係の存在を是認しがたい。他には正昌の、くも膜下出血が労務管理上の欠陥によつて増悪したとか、あるいは、発症後に適切な措置が受けられなかつたために増悪したことを認めるに足りる資料はないから、この点についての業務起因性を肯定することもできない。

五  以上の次第であるから、正昌の、くも膜下出血による死亡を業務外と判定してなした本件処分は適法であつて、原告主張の違法はない。よつて原告の本件処分の取消しを求める本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 阪井いく朗 森脇勝 高野伸)

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